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山口地方裁判所 昭和42年(行ウ)8号 判決 1970年1月19日

原告 石川木材株式会社

被告 下関税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)、被告が、原告の昭和三七年七月二六日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税等につき、昭和四〇年一二月一三日付でした更正処分を取消す。

(二)、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文第一、二項同旨

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和三八年二月二八日、原告の昭和三七年七月二六日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税について、所得金額を金一四万三、五八七円との確定申告したところ、被告は、昭和四〇年一二月一三日付で、右事業年度分の所得金額を金一四五万四、八二四円とする更正決定をし、そのころその旨の通知を受けたが、右通知書には、更正の理由として「一、土地評価減一、三〇八、五一二円。北九州市八幅区本町五丁目秋田商会木材株式会社より譲り受けた下関市幸町八の三宅地六七・八九坪の譲り受け価額が時価に比し著しく低い価額であり、時価との差額は贈与を受けたものと認められるから評価減をなしたものとして益金に加算する。時価二、二四三、四一五円。譲り受け価額九三四、九〇三円。差引一、三〇八、五一二円。」と記載されている。

二、そこで原告は被告に対し、昭和四一年一月一三日、異議申立をしたが同年四月九日これを棄却されたので同年九月九日、広島国税局長に対し審査請求をしたが、同四二年六月二三日これを棄却され同月二二日、その旨の通知を受けた。

三、しかしながら、右更正決定は左記の理由により違法である。

(一)、前記更正通知書記載の理由は、いかなる法律上の規定によつて時価との差額を益金に加算したかが明示されておらず、また譲受価額が時価に比して著しく低い価額であると認定した根拠が不明であるから、更正理由附記が不備であつて、本件更正処分は法人税法一三〇条二項、国税通則法二八条に違反する。

(二)、本件土地譲受価額は時価に比して著しく低廉ではない。

すなわち、本件土地上には係争中の建物が存することまたその地形ならびに地理的条件等を考慮すべきであり、もともと原告は北九州市八幡区訴外秋田商会木材株式会社(以下訴外会社という)下関営業所の営業権を金一五〇万円で譲受けたのであり本件土地は右営業権を構成する一分子として譲受けたものであつて、前記営業所の個々の財産として譲受けたものでないから、本件土地のみ独立して評価することはできないものである。

第三、請求原因に対する被告の答弁および主張

一、請求原因一の事実は、確定申告年月日および申告所得金額を除いて認める。

二、同二の事実は認める。

三、同三(一)は争う。同三(二)は争う。

四、被告の主張

(一)、本件更正処分の理由附記

1、本件更正処分の理由附記は請求原因一項記載のとおりで十分である。

2、かりに右記載が不備であると認められるとしても、本件更正処分に対する原告の異議申立に対し、被告が昭和四一年四月九日なした異議申立棄却の決定書にはその理由として「一、秋田木材商会株式会社(八幡区本町五丁目)より譲渡を受けた宅地二二四・〇四平方米(六七・八九坪)の譲受け価額が時価に比して著しく低い価額であつて贈与を受けたと認められるから、その贈与を受けたと認められる金額を評価減をなしたものとして益金に加算したものである。二、請求法人が取得した土地の取得時における価額を隣接地の売買実例および精通者の意見をもとに評価すると、更地の時価は三・三平方米当り四〇、〇〇〇円が相当と認められ、これをもとに評価すると、総額二、六五二、〇四〇円となる。請求法人が主張する地上権に類する瑕疵は認められないが、取得するために支出した立退料二〇〇、〇〇〇円と不要建物の除却費六六、〇〇〇円計二二六、〇〇〇円を上記更地価額から控除すると、時価は二、三八六、〇四〇円となり、請求法人が取得した価額は九三四、九〇三円であつて時価に比して著しく低い価額である。三、青色申告の理由附記が不備であるとは認められない。」と記載されており、また原告の審査請求に対し、広島国税局長が同四二年六月二三日になした審査請求棄却の裁決書にはその理由として、「一、請求法人が取得した土地の取得の時における価額をその土地の接続地である森本フサノ外一〇名の共有地の売買例をもとに評価すると、更地の時価は二、五五八、一六三円となる。おつて、請求法人が主張するごとき地上権に類する瑕疵は認められないが、土地を取得するために支出を余儀なくされた立退料二〇〇、〇〇〇円と建物の除却費用六三、〇〇〇円の計二六三、〇〇〇円は上記更地額二、五五八、一六三円から控除して評価すると、時価は二、二九五、一六三円となり、請求法人が取得した価額は九三四、九〇三円であるから時価に比して著しく低い価額である。二、更正処分の理由附記に不備があるとは認められない。」と記載されているところ、異議申立および審査請求は行政機関内部における租税確定に至る一連の手続であるから、前記更正処分通知書の理由附記の不備は右異議申立棄却決定書および審査請求棄却裁決書の各附記理由により治癒されたものである。

(二)、本件更正処分の理由

1、原告は、昭和三七年八月一八日、前記訴外会社から本件土地を九三万四、九〇三円で譲受けた。

2、右譲受当時の本件土地更地価額は以下のとおりである。すなわち、本件土地の隣接地でその面積地形等の諸条件が本件土地に類似する下関市幸町八の一三番地二四四・九二二平方メートル(七四・二四坪)更地が昭和三八年九月二八日売買され、その売買価額は三二二万九、四四〇円(三・三平方メートル当りの価額四万三、五〇〇円)であつたので、右価額を本件土地売買時に修正する必要がある。そこで、右隣接土地の路線価額の対前年割合による修正をした。右路線価額は、道路(不特定又は多数の者の通行の用に供されていない道路を除く)に面している宅地のうち、標準的な奥行間数(五間ないし一〇間)を有する宅地の三・三平方メートル当りの価額をいい、売買実例価額、精通者の意見をもとにしてこの意見額の七割相当額とし、本件において右価額は昭和三七年分三・三平方メートル当り二万四、五〇〇円、同三八年分三・三平方メートル当り二万八、〇〇〇円であるから、両年度の修正比率八七・五パーセントをもつて、前記隣接土地の昭和三七年当時の推定時価を算出すると三・三平方メートル当り三万八、〇六二円となる。次に、右隣接土地と本件土地との価額比率により本件土地を修正評価する。右隣接土地と本件土地の昭和三九年分の各固定資産税評価額はそれぞれ三・三平方メートル当り三万五、二六二円、三万四、九〇四円であつて、右修正率は九九%となるから、これをもつて本件土地の売買当時における時価を算出すると三・三平方メートル当り三万七、六八一円となり、本件土地の時価額は金二五五万八、一六三円となるのである。ちなみに、右時価額は、訴外会社が、昭和二九年六月四日、本件土地を訴外百合本千代子から金六七万円で取得しているので、これを財団法人日本不動産研究所の作成にかかる全国市街地価格推移指数によつて算出した時価額より低く、また、下関市役所の固定資産税課税標準価格により算出した時価額より低いのであるから、前記時価額二五五万八、一六三円は正当な評価額といいうる。ところで、右土地買入に際し必要費用として、立退移転費二〇万円および建物除却費六万三、〇〇〇円合計二六万三、〇〇〇円を必要としたから、右金額を控除した残額二二九万五、一六三円が本件土地の取得時価となる。

従つて、原告が訴外会社から譲受けた際の前記譲受価額は右時価に比し著しく低い価額である。

3、原告は、前記取得時価と譲受価額の差額を計上せず、本件土地につき右譲受額九三万四、九〇三円をもつて評価記帳しているが、前記取得時価と右譲受価額との差額部分は贈与を受けた場合と同視すべきであるから、右差額は受贈益として益金に加算しなければならない反面、右受贈益相当部分は本件土地の譲受価額に加算し、右合計額を取得価額として計上しなければならないものである。

従つて、原告は右差額につき評価減をしたものとみなされるが、右評価減による損失は、法人税法施行規則一七条の二第二項により法人所得の計算上損金と認められないから、これは否認されるべきである。

よつて、右否認さるべき差額の範囲内の金一三〇万八、五一二円につきなされた本件更正処分は適法である。

第四、被告の主張に対する原告の反論

(低廉譲受に対する課税根拠について)

商法二八五条ノ三によれば、固定資産について取得価額をうわまわつて評価することを禁じている。また、法人税法施行規則二一条の七によれば、他から購入した固定資産についてはその購入した代価、他から購入以外の方法によつて取得した固定資産についてはその取得時における価格をそれぞれその取得価額としており、右商法の原価主義を採用し、例外的に無償譲受についてのみ取得時の時価としたにすぎない。しかるに、昭和四〇年法律三四号改正法人税法二二条二項は有償譲受について規定することなく、また有償行為の一態様である低廉譲渡については同法三七条六項により取得価額と時価との差額を贈与とみなしているが、低廉譲受については規定しておらず課税の対象としていないことは明らかである。

第五、証拠<省略>

理由

一、請求原因一項の事実は、確定申告年月日および申告所得金額を除き、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、同第四号証、同第六号証によれば、原告は昭和三八年二月二八日本件法人税につき所得金額を金一四万六、三一二円として確定申告したことが認められる。また、請求原因二項の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は本件更正処分の附記理由が不備であると主張するのでまずこの点につき判断するに、本件は昭和四〇年法律三四号法人税法附則二条により右改正前の法人税法を適用すべきところ、同法三二条により青色申告書に係る法人税の更正通知書に更正理由を附記すべきものとしているのは、更正処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨であつて、前記法人税法(昭和四〇年改正前のもの)三二条の規定は申告に係る所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載にもとづくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであるから、同条が附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにしなければならないものと解すべきである(最高裁昭和三七年一二月二六日第二小法廷判決民集一六巻二五五七頁参照)が、本件においてこれをみるに、更正処分金額一三〇万八、五一二円は本件土地の譲受価額九三万四、九〇三円と時価二二四万三、四一五円との差額金一三〇万八、五一二円の贈与を受けたものと認められるから評価減をなしたものとして益金に加算されるべきことにより生じたものである旨の理由附記存するのみで、右時価額がどのようにして算出され、それによることがどうして正当であり原告の帳簿書類の計算によりえないかの具体的根拠を措辞しているものとは認められず、前記法人税法三二条の理由附記の要件を満たしているとはいいがたい。しかしながら、更正通知書に理由を附記すべき前記趣旨に鑑みれば、右理由附記を欠く違法は、異議申立に対する決定ないし審査請求に対する裁決において右要件が補充されるにいたれば治癒されるものと解することができるところ、本件においては、本件更正処分に対する原告の異議申立に対する決定書には、その理由として、本件土地の時価額が隣接地の売買実例および精通者の意見をもとに評価し、これから立退料二〇万円と不要建物除却費用六万六、〇〇〇円とを控除した残額をもつて本件土地の時価を算出した旨が記載されており、一応更正処分をした具体的根拠を措辞しているものと認められ、この程度の記載により理由附記の目的は達成されていると解されるから、前記更正処分理由附記の不備の瑕疵は、右決定通知書の理由附記により治癒されたものといわなければならない。よつて、理由附記の瑕疵を取消原因とする原告の主張は理由がない。

三、次に、原告は本件土地の譲受価額が時価に比し著しく低廉ではない旨主張するのでこの点につき検討するに、成立に争いのない乙第二、三号証、同第四号証の一の一、二、第四号証の二の一、二、同第五ないし第八号証、同第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証の一、二、同第一五号証の一、二および証人下森貴代登、同三河照夫の各証言ならびに原告代表者本人尋問の結果(但し後述採用しない部分を除く)によれば、訴外株式会社山田建設工業所は、昭和三八年七月二八日、本件土地の隣接地で当時森本フサエ外一〇名の共有地の下関市幸町八の一三宅地七四・二四坪を金三二二万九、四四〇円(坪当り四万三、五〇〇円)で買受けたこと、右売買土地は、道路側に面した間口が本件土地の間口より二、三間広くまた更地であつたが、契約当事者間において取引時価額以上の価額で売買する特段の事情は存しなかつたこと、昭和三九年度における右隣接売買地および本件土地の各固定資産税評価額はそれぞれ坪当り金三万五、二六二円および三万四、九〇四円であつて、両価額の修正比率は九九%であり右価額は同三七年七月一日を基準日とする時価額として算定されたものであること、また両土地附近の昭和三七、三八年分の各路線価額は、それぞれ二万四、五〇〇円、二万八、〇〇〇円で、両価額の修正比率(八七・五%)は、財団法人日本不動産研究所作成にかかる全国市街地価格推移指数表による数値(八九・三%)より低いものであり、また右路線価額の算定方法は、道路に面した標準的奥行間数を有する宅地の三・三平方メートル当りの時価を土地評価精通者の意見をもとに評価しその三割引の価額をもつて路線価額とするものであること、右精通者合計四名の意見による価額は、昭和三七年一〇月一日現在いずれも三・三平方メートル当り四万円以上であること、本件土地は奥行一三間ほどを有し右標準土地に対し低減評価すべきところ、右調整率は九四・二%を相当とするものであること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人黒田繁夫の証言および原告代表者本人尋問の結果はにわかに採用しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、前記路線価額算定方法は所得算定の際の宅地評価方法として合理的かつ妥当なものであつて、前記隣接売買地の売買価額をもとにして、右価額を前記路線価額の修正比率(八七・五%)をもつて本件土地売買時における価額に換算評価し、更に右評価額に対し、右両土地の固定資産税評価額の修正比率九九%によつて本件土地の譲受当時における時価額を修正評価することによつてもつとも公正妥当な時価額が算出できるものと解すべきであつて、このように計算すれば本件土地の評価額は二五五万八、一六三円となり、右価額をもつて本件土地の取得時における適正な評価額といわなければならない。ところで、原告は本件土地上に係争中の建物が存していたから右事情が本件土地譲受価額に影響している旨主張するので検討するに、成立に争いのない乙第一四号証、同第一九号証および証人三河照夫、同下森貴代登、同浜田京助の各証言ならびに原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、前記訴外会社は、昭和二九年六月四日本件土地を三・三平方メートル当り一万円の割合で訴外百合本千代子から譲受けたが、その際同土地上に存する木造セメント瓦葺平屋工場約三五坪を同三〇年二月末日までに右百合本において自費で収去する旨約していたところ、右明渡に関し紛争が生じ、訴外会社を原告、右百合本を被告とする右建物明渡訴訟が山口地方裁判所下関支部で審理され同三六年八月一一日右百合本は訴外会社から金二〇万円の支払を受けるのと引換に右建物を収去して本件土地を明渡すべき旨の判決がなされ、右百合本は右判決に対し広島高等裁判所に控訴したが、同裁判所において同三七年一〇月二四日原判決と大略同旨(但し建物の明渡期限は同年一一月末日限り)の和解が成立したことが認められる。右認定事実によれば、原告が本件土地を譲受ける際に右土地上に当時借地権等の利用権は存しなかつたものとして評価しうるのであるから、借地権に相当する価額を減額する必要はないものとして時価額を算出することは妥当であつて適法というべきである。成立に争いのない乙第九、一〇号証および前記証人下森貴代登の証言によれば、原告は本件土地取得につき立退料、移転料として合計金二六万三、〇〇〇円の支出をしたことが推認しうるので、本件土地取得時価額は、少なくとも前記更地時価額二五五万八、一六三円から右金二六万三、〇〇〇円を差引いた残額金二二九万五、一六三円となる。

もつとも、原告は訴外会社下関営業所の営業権を金一五〇万円で譲受けた際本件土地をその一構成分子として取得したのであつて、本件土地の記帳申告額九三万四、九〇三円は単なる計算上の価額であつて実際の譲受価額ではない旨の主張をするのでこの点につき判断するに、成立に争いのない甲第一四号証、証人黒田繁夫、同浜田京助の各証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は甲第一四号証(売買譲渡契約書)記載の訴外会社の動産、不動産、債権および債務一切を合計一五〇万円で譲受けたことが認められるところ、右各証人および原告代表者本人は、右譲受物件が各独立に評価されたものでなく全て訴外会社の帳簿価格によつたものであり、また他に回収の見込みのない債権や帳簿価格以下の財産がある旨供述しているが、前記甲第一四号証(売買譲渡契約書)中には、各売買物件の価額および具体的内容が明記されておりその評価方法は別として各個別に譲受価額を算定したものと推認しうるのであり、また、具体的にいくらの売掛債権がいつ回収不能になり本件土地価額にどの程度影響を及ぼしているかについてついに明確とならないから、右供述は採用することができず、他に原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

従つて、原告は取得時価額金二二九万五、一六三円の本件土地を金九三万四、九〇三円で譲受けたものというべきであつて、右時価額に比較すると本件譲受価額は著しく低廉であると判断せざるを得ない。

四、そこで、被告は右譲受価額と時価との差額金一三六万二六〇円は受贈益であつてこれを評価減したものとして取扱うべきものと主張し、原告は低廉譲受による固定資産の評価につき商法上原価主義が強制され、税法上もこれに課税する旨の規定がないから本件課税は違法である旨主張するので以下これにつき検討する。

昭和四〇年法律三四号法人税法二二条二項によれば、益金額に算入すべき金額は、有償・無償の資産の譲渡および無償の資産の譲受けについてその収益額とされているが、有償譲受については益金額に算入すべき場合を規定しておらず、また、同法三七条六項は、資産の低廉譲渡についてその取得価額と時価との差額を寄付金として取扱う場合のあることを規定するが、これに対応する資産の低廉譲受については何らの特別規定が存しない。加えて本件は前記附則二条により、右改正前の法人税法を適用すべきであるところ、益金に算入すべき金額、資産の低廉譲渡に関する取扱は、改正前においても前記法人税法二二条二項、三七条六項に規定されているごとくであるべきものと解することができるのであるが、いうまでもなく、租税を課しうるには、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の実体関係のみならず、納税の時期、納税方法等の徴収手続についても実定法で定められていなければならないのであつて法の予想を超えて実質的に新たな課税物件を創設ないし拡張することは許されないことであるから、本件のごとく、資産を低廉価額で譲受けた場合の譲受価額と時価との差額については課税しえないのではないかとの疑いが生じないでもない。しかしながら、低廉譲受という一個の外観的法律行為の中に、その法律行為から生ずることのない別の法的経済的効果を意欲し、これが発生している場合には私法上もいわゆる隠匿行為としてその効力を有しており、その収益に対し課税することは妨げられないものというべきであるから、私法上許された一個の外観的法律行為の形式の全部ないし一部が真の法的経済的意図と合致していない場合には、その部分につき本来の内部的意思に適合する法形式に引直してその結果に対して課税しうるといわなければならない。

そこで本件において右のごとき課税要件事実が存するかどうかにつき判断する。成立に争いのない前記甲第一四号証および証人下森貴代登の証言により真正に成立したと認められる乙第一七号証、同第一八号証の一、二、証人下森貴代登、同浜田京助の各証言ならびに原告代表者本人尋問(但し、証人浜田および原告代表者本人の分について後述採用しない部分を除く)の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、訴外秋田商会木材株式会社(訴外会社)は昭和二五年ころ設立され、下関市にその本店を、防府市と北九州市八幡区に各支店を有していたが、その後昭和三二年に防府市の支店を閉鎖して新たに同所を本店とする別の木材会社を設立して下関市に支店を設置し、同時に前記訴外会社は本店を下関市から北九州市八幡区に移して下関市に支店を有することとなり、更に同三七年七月訴外会社の下関支店長であつた原告代表者石川勇を代表取締役とする原告会社が設立されたこと、訴外会社は支店における営業につき独立採算制を採用していたところその営業財産全部を原告会社に譲渡するに際して原告代表者石川勇は事実上売主、買主の双方の立場にあつたこと、訴外会社は、本件低廉価額売買につき、譲渡価額等と時価との差額金一二八万七、八二二円を寄付金として課税されたが、これにつき不服申立をなさなかつたことが認められる。

右認定事実と前記認定のごとく本件土地の帳簿価額が時価に比して著しく低廉であることその他諸般の事情を総合考慮すると、本件低廉譲受は、売買契約の形式をとりながら、その実本件土地の時価と譲渡価額の差額部分については、訴外会社が原告会社に贈与する旨の黙示の合意がなされたことを推認することができ、右認定に反する証人浜田京助、同黒田繁夫の各証言および原告代表者本人尋問の結果はにわかに採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

なお、原告は、固定資産についてその取得価額をうわまわつて評価することが商法二八五条の三の規定によつて禁じられているから、右に従つて評価した本件申告が更正されるべきではない旨主張するが、右商法の規定は本件申告後である昭和三八年四月一日施行のものであるうえ、商法が固定資産の評価につき右のごとき制限を設けているのは、商法独自の資本充実の要請から生ずるにすぎないのであつて、税法上収益と認められるものについて租税目的の観点からこれに課税することは何ら妨げられないから、原告の主張はとうてい採用できない。

そうすると、被告が、本件土地の譲受価額と時価との差額金一三六万二六〇円を受贈益金として取扱い、右益金を加算しなかつたことは右金額につき評価減をしたものとみられるが、右評価減による損失は昭和四〇年法律三四号改正前の法人税法施行規則一七条の二第二項により損金と認められないとしてこれを否認し、右否認さるべき金額の範囲内の金一三〇万八、五一二円についてなされた本件更正処分は適法であり、原告の被告に対する本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 小川喜久夫 遠藤賢治)

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